amarillon のブログ

宇宙科学や語学に関する本の紹介をしています。

読書記録:天文の世界史(廣瀬匠 著)

天文の世界史 (インターナショナル新書)

天文の世界史 (インターナショナル新書)

  • 作者:廣瀬 匠
  • 発売日: 2017/12/07
  • メディア: 新書

著者は廣瀬匠氏、天文学史の研究家。本書は2017年に出版された。インターナショナル新書じたいも、2017年からできた新書シリーズ。

既刊一覧 - インターナショナル新書

記述範囲

  • 本書では、中国・日本・インド・ギリシャ・ヨーロッパ・アメリカ大陸の古代天文学を記述している。

  • 惑星・流星・彗星。それらの科学と、一般社会への影響。

  • また、星雲・銀河・宇宙論などの現代天文学もカバー。

  • 文章の量は多い。

  • いろいろなことが書いてあり、記述に強弱はないと言える。教科書的な本である。概論という感じ。

f:id:amarillon:20201004104411p:plain

  • まったくの初心者が読むと次々に新しいことが出てきてわかりにくくなるかもしれない。

本書の特色。

  • 天体別に章立てがされているところが特色。

天体の種類で章を区切った背景には、どの章からでも読める手軽さとわかりやすさを重視したからというだけではなく、本書を読んでから空を見上げたときに、その内容を思い出していただきやすいだろうという思惑もあります。

  • 「東洋の天文学」「ギリシャの天文学」という構成ではなく、逆に「木星」のセクションの中で、メソポタミアの木星の見方、ギリシャの木星の見方、中国での木星の見方、が順番に解説されるという構成になっている。

f:id:amarillon:20201004104306p:plain

  • したがって、前後の文章の中で異なる地域時代をまたいだ解説がなされることが多い。

  • アマゾンのレビューをみると、本書の方式(地域ごとに時系列でまとめるのではなくて天体ごとに章を分ける)に混乱する読者もいるらしく、「内容が断片的すぎる」というレビューを書いている人もいた。

  • 天文学の歴史を扱うのが天文学史であるが、本書の最後の章では、「天文学史」そのものの歴史を扱っている。

古代と現在のインド科学

  • 著者はインドの天文学を研究しているということで、本書第六章では、インドの宇宙観に関する誤解を解く。

 インド天文学に関しては、私たち日本人が誤解していることも多い点に触れる必要があります。  皆さんは「古代インドの宇宙観」として「丸い大地が象に支えられ、それが亀に支えられ、それがさらに蛇に支えられている」というイメージを見聞きしたことはないでしょうか。・・・しかしながら、インドの文献にこのような宇宙観の描写は存在しません。・・・(中略)・・・以上のような複数の伝承が混同されて一つの宇宙観にまとめられてしまったのではないか、というのが私の仮説です。一五九九年にインドへ渡ったイエズス会の宣教師は書簡の中で「ある者たちは大地が七頭の象に支えられ、その象は亀の上に立ち、その亀が何に支えられているかは知らない」という言葉を残しています。・・・いつの間にかこれに蛇が加わり、一八二二年にドイツで書かれた本に初めて私たちが知る絵が登場します。これが二十世紀に日本に伝わって広く普及し、現在に至ったようです。・・・

  • さらに、「インドの宇宙観」というだけでは、インドの多様な地域性・時代による違いの多様性が取り込まれていないという。

  • 現代のインド科学観の現状について、次のような記述がある。

公平な視点で他文化の天文学やその歴史を見ようとするのは容易なことではありません。大航海時代以降に世界中へ展開した冒険者や宣教師たちはしばしばヨーロッパ中心主義やキリスト教絶対主義にとらわれており、それは現代に至るまで尾を引いているとも言われています。昔の宣教師などによる異国の天文学についての記述には「いかにヨーロッパの天文学よりも遅れているか」といった表現が目立ちます。このような態度では正確な記録を残すのは難しいでしょう。・・・

f:id:amarillon:20200911134932p:plain

という感じで、過去の記録者がヨーロッパから遅れていることを強調したことを著者は残念だと考えている。

  • さて、インドではインドなりの問題があるらしく、次のような記述もある。

残念ながら二十世紀に入ってもヨーロッパ中心史観でものを見る学者の声が大きく、インド天文学の歴史研究には、かなりのバイアスがかかっていました。 これに対して、インド人たちの中からは自分たちの視点から天文学と数学の歴史を見つめ直すべきだという声があがり、第二次世界大戦後の一九四七年にインドとパキスタンがイギリスから独立すると、ますますインド人たち自身による研究が盛んになりました。これ自体は歓迎すべき流れなのですが、植民地時代への反動が強すぎて「むしろインドに科学の起源がある」といった行きすぎた声も出てきているのが問題です。・・・根拠に乏しいインド科学礼賛論が喧伝されていて多くの歴史学者を悩ませています。

現代のインド科学礼賛論。それはどのようなものなのだろうか。

おすすめの読者

  • 太陽・月から銀河と宇宙論まで研究の歴史を概観したい人。

  • 世界のいろいろな文化圏の天文学史をバランスよく知りたい人。

まとめ

  • 天体ごとに研究史をまとめた、天文学史の概論。

  • 記述は教科書のように、いろいろなことが偏りなく書いてある。

  • 著者がインド天文学を専攻していることから、随所にインドの記述がある。

2017年に始まったインターナショナル新書のラインナップを見ると、面白そうなタイトルの本が次々と出版されている。注目してゆきたい。

既刊一覧 - インターナショナル新書