読書記録:ことばの力学(白井恭弘 著)
- 作者:白井 恭弘
- 発売日: 2013/03/20
- メディア: 新書
白井氏の前著 「外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か」
を読んで、わかりやすかったので同じ著者の本書も買って読んでみた。
著者の研究分野は、応用言語学というらしい。 アメリカの大学で十五年教えている。
本書は2013年に出版された。原発事故に関わる報道についても、著者の考察が書かれている。
ことばの力学とは
力学というのは物理用語のように思われるかもしれないが、本書では
複数の言語が関わる状況では、優劣を生み出す無意識の力学が働く。
「英語」対「現地語」や、「標準語」対「方言」の対立が生まれる状況を論じている。
前著と同じように、平易な語りで書かれている。
アメリカの方言
著者はアメリカで研究をしているので、アメリカ英語に関する記述が随所にある。
たとえば、ピッツバーグには、Pittsburghese という方言があるという。
AAE
AAEとは、African-American English の略で、
アメリカのアフリカ系アメリカ人(黒人)が話す英語の変種
である。
この変種は、実は、標準英語とはかなり異なり、特に文法が大きく異なっているのですが、標準英語の話者は、語彙が共通する部分が多いので、たんなる英語の方言だと思っているのがふつうです。
しかし、AAEが英語の方言かどうかについては論争がある。
標準語イデオロギーはアメリカでは非常に高く、日本でもそれほど強くはないかもしれませんが厳然と存在しています。
ニューヨーク方言・ボストン方言
第8章「法と言語」では、
無実の容疑者を救った言語学者ラボフ
として、アメリカ英語の方言研究者ウィリアム・ラボフ氏を取り上げている。
私たち日本人からすると同じに聞こえる「アメリカ英語」も、地域によって相当の差があり、特に母音体型は大きく異なります。
ラボフは無実の容疑者を救おうと・・・裁判で証言しました。・・・特にニューヨーク英語とボストン英語の母音体系の違いを明らかにして、見事に無罪判決を勝ち取ったのです。
本書によると、方言を正確に真似することは難しく、「なまり」の解析結果が犯罪事件の捜査で証拠として認められるほどだという。
事件の捜査にも、方言研究の成果が使われているのは興味深いと思った。
イングリッシュオンリー運動
アメリカでは英語が広く使われているが、実は国レベルで英語が公用語として定められているわけではない。
近年では、移民のためアメリカはいろいろな言語が使われる多言語国家といえる状況になっているという。
これに危機感を感じた人々が
英語をアメリカの公用語にするための運動
を始めている。
これをイングリッシュオンリー運動とよび、移民の文化保存の観点からバイリンガル教育を推進する勢力と対抗関係にあるという。
外国語習得法
外国語を習得したい人は、本書第四章「外国語教育」の章を読むとためになると思う。
第二言語習得習得研究が出した答えは、「インプットを聞いて意味を理解すること」です。つまりどんどん流れてくる音を意味に結びつけるというプロセスが、言語習得の本質なのです。
言語習得は、著者の前著「外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か」のメインテーマとなっているので、気になる人はこちらもチェックしてほしい。
メディアと応用言語学
第七章「無意識への働きかけ」では、「政治・メディアのことば」がとりあげられている。
・2011年に起きた原発事故を受けて使われるようになった「除染」という言葉について、言語学の「プライミング」と呼ばれる効果と関連づけて説明していたりする。
感想
方言と標準語の対立関係、外国語習得の方法など本書の記述を、自分の体験と比べながら読むことができて楽しかった。
原発事故でのメディアの言葉の使い方を、応用言語学の視点から考察するという視点はユニークであろうと思った。
まとめ
外国語習得について、教育・政策・手話・メディアなど、応用面から論じた本。
アメリカでの、英語政策をめぐる状況について詳しい。
バイリンガルに関係する問題を数多く取り扱っている。