amarillon のブログ

宇宙科学や語学に関する本の紹介をしています。

読書記録:文系でもよくわかる 世界の仕組み(松原隆彦 著)

山と渓谷社。2019年に出版された。

姉妹書として、「文系でもよくわかる 日常の不思議」もある。

著者は宇宙論を研究する科学者。

本書の構成

  • 51個のトピックについて、解説がついている。

  • 目次は以下のページにリストになっている。

https://www.yamakei.co.jp/news/release/20190220.html

  • 自分の興味がある問題が、本書内で取り上げられているかが確認できる。

  • 著者が宇宙の研究者であるので、内容は、宇宙に関係するものが多い。星とか、相対性理論とか。

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たとえば、本書の

時間は流れない

という章では、

現実に起きている出来事の流れと、私たちが意識している時間の流れは、必ずしも対応しない。

この例として、「野球」というスポーツを取り上げ、

野球で、ヒットを打った選手にインタビュアーが話を聞くと、バッターは「・・・球がカーブしたので、そこを狙って打ちました」などと説明をする。しかし、運動学的にはそんなことはあり得ない。・・・後付けで、人間の脳が理解しやすいように時間の流れを再構築しているということだ。

という感じで、物理学者として考えられる「時間」と、日常生活で使われている「時間」との違いについて解説がされる。

以上のような議論に関心のある方は、読んでみると面白いと思えるだろう。

本書のレベル感

次のような用語は、本書で特に説明なしに出てくる。

  • ニュートン力学。

  • 電子。

  • 相対性理論。量子論。

  • 陽子。中性子。放射性同位体。

(ただし用語の意味を完全に知っている必要まではない。)

でも、用語にまったく馴染みがないと読み進みにくいかもしれない。

タイトルは「文系でもよくわかる」とある。

とはいえ、中学高校で物理・化学を全くやったことがない場合には、知らない用語がどんどん出てくるように感じるかもしれない。

ちなみにレビューしている私は理系出身なので、読むのに問題はなかった。

感想

各トピックが短く、トピックの最後に一行から三行ぐらいのまとめがある。これが結構便利。

会社で3分スピーチを命令されたりしたときのネタに使うと、わりと面白い話ができるように思う。

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たとえば、「電波は体に悪い?」という問題に対して、

「(中略)・・・影響がないとは言えない。」

とかは、ポピュラーな話題であり、話題づくりに使えるかもしれない。

おすすめの読者

  • 物理用語は数多く聞いたことがあり、数ページぐらいで読み切れる解説書を読みたいと思っている人。

まとめ

  • 宇宙・星・相対論・量子論などの問題を、51個のトピックに分けて一般向けに解説した本。

  • 各項目に数行のまとめがついている。

  • 数式は出てこないので安心。

読書記録:富士山噴火と南海トラフ(鎌田浩毅 著)

著者の鎌田氏は、火山の研究者。

本書は、2019年に出版された。

同じ著者の本では、以前に「火山はすごい」を紹介した。

inu123.hatenablog.com

本書がかかれたきっかけ

著者は、「富士山噴火 ハザードマップで読み解く」という本を2007年に出した。

その後、2011年に東日本大震災が起こり、富士山を含め日本全体の地震・火山をめぐる状況が変化した。

この状況変化を受けて、著者は「富士山噴火」の内容を書き直し、本書が出版されることになった。

富士山ハザードマップ

富士山は火山であり、噴火してもおかしくない状態にある。 防災に使うための「ハザードマップ」はすでに作成され、インターネット上で公開されているという。

2004年には「富士山防災マップ」として好評され、具体的な防災の指針が示されたのである。

富士山周辺の地図がたくさん掲載されていて理解しやすかった。

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本の構成

第一部「富士山噴火で起こること」では、富士山噴火が起きたときに近隣地域に及ぶ被害について概観している。

火山灰のもたらす被害

  • 航空機の飛行が禁止され、陸上交通、コンピュータにも影響が及ぶ。

  • 人々の目や呼吸器の健康に被害を及ぼす。

火山灰だけではなく、噴石、火山弾、溶岩、火砕流、火砕サージ、泥流など、様々なものが火山から噴き出して被害を及ぼす。

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第二部「南海トラフと富士山噴火」

火山と地震は、互いにつながっている。

富士山の噴火は、次に来る巨大地震の震源と予測されている南海トラフの動向を抜きにしては語れないのである。

「山体崩壊」という現象のリスク

米国のセントヘレンズ火山では、1980年の噴火で山の形が崩れる現象を起こした。

同じ現象が富士山でも起きる可能性があるという。

富士山は昔から美しい円錐形だったのではない。山が大きく崩れ、山頂が欠けていた時期が何回もあった。とくに、富士山のように標高が高い山は上部が不安定なので、噴火を引き金として一気に崩れる傾向があるのだ。・・・

富士山が岩なだれ(岩屑なだれ)を起こすと、多くの人が被災すると予想され、また富士山の形も大きく変わる可能性があるそうだ。

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江戸時代の火山灰の話。

1707年の噴火の際に、当時の江戸で降った火山灰が保存されていた。

江戸時代に、現在の東京都千代田区で採取された火山灰が、奈良県大和郡山市の豊田家の所蔵品から発見されたのだ。・・・1707年12月16日の昼過ぎに取られたことが包み紙に書かれているのだが、これは宝永噴火の初日にあたる。・・・几帳面な武士が紙に包んできちんと保存してくれたおかげである。

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当時は関東一面に火山灰が降ったので、火山灰はどこでも手に入ったにちがいない。

それが現在では他では手に入らない貴重な科学資料となった。

21世紀の現在、日常的に目にしているものも、今から300年後には貴重な歴史資料になるのかもしれないという思いを強くした。

感想

  • 「富士山」という特定の山の特徴に絞って解説しているので、話題がしぼられていて理解しやすいと思った。

  • 火山や地震、地殻変動は地球上に住んでいるかぎり避けられない。また、地球のダイナミズムには人間の力では太刀打ちできない。

  • もし巨大火山噴火により日本社会が滅んでしまったとしたら、その後どうしていけば良いのか。考えさせられる読書であった。

おすすめの読者

  • 富士山噴火で大きな被害が予想される地域に在住の人。

  • 火山噴火したとき、都市の防災はどうすればいいのか?考えておきたい人。

まとめ

  • 富士山噴火予知の2019年現在の状況についてまとめている。

  • 富士山の噴火・南海トラフ巨大地震と噴火の連動・富士山の山体崩壊という現象について、そのリスクと防災方法を解説。

読書記録:火山はすごい(鎌田浩毅 著)

火山はすごい 日本列島の自然学 (PHP新書)

火山はすごい 日本列島の自然学 (PHP新書)

  • 作者:鎌田浩毅
  • 発売日: 2011/07/01
  • メディア: Kindle版

著者は、火山の研究者。

最近は、富士山噴火や南海トラフ巨大地震に備えるための、防災に関する本も出されている。

本書は、2002年に書かれた本である。

プロローグ(まえがき)で、孔子の言葉が引用される。

知っているというのは、それが好きだというのには、到底かなわんのだよ。 しかしだね。好きだというのは、いま楽しんでますというのには、これまた全然かなわんのだよ。

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著者と火山研究

はじめに、著者の鎌田氏が火山の研究をはじめたきっかけが書かれる。

著者は大学理学部を卒業して、公務員試験を受けて地質調査所に入った。

当時の著者は、

ぜんぜんやる気のない学生だった。・・・さっさと就職して給料もらって、優雅な独身貴族をやろうと思っていた。」

という。

しかし、地質の調査所に就職して小野さんという師と出会う。

小野さんと共に地質学の野外巡視をしていくうちに、著者は火山の面白さに引き込まれていった。

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本書の構成

本書では、日本の火山を章ごとに取り上げて、解説している。

  • 阿蘇山
  • 富士山
  • 雲仙普賢岳
  • 有珠山
  • 三宅島

阿蘇山の外輪山にのぼった著者の友人は、

「美しい・・・自然って何て大きかったんだろう。それを知らずに、何十年も生きてきたとは・・・」

と思ったという。

「有珠山」について

北海道にある有珠山では、2000年に噴火が起きた。 噴火が起きたとき、著者は急きょテレビ出演を依頼されたという。

情報を収集しながら、朝のニュース番組で有珠山の噴火状況を解説した体験が書かれている。

噴火のように日常見慣れない事態が起きたとき、人の理解力はいちじるしく低下する。落ち着いているときには何でもない簡単なことでも、正しく判断できなくなる。そしてパニック状態になる。そうならないように、情報を的確に伝えるには、マスコミの力が不可欠なのである。

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噴火の予知

有珠山では「噴火の直前予知」に成功した例でもある。

レビューしている私も有珠山には旅行で訪れたことがある。

有珠山の近くにある火山科学館では、噴火の予知のようすについてビデオ映像等を上映して詳しく解説していたのを覚えている。

本書の中でも、有珠山の章では噴火予知について詳しく解説している。

地震予知とちがって火山予知では、噴火してからあとの方がむしろ問題となる。火山活動は長びくことが多いので、噴火の様子がどんどん変わってゆくからである。

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火山を体験することの重要性

本文中では、実際に火山に出かけて、自分の目で火山を見てみることの重要性が何度も強調される。

自分で火山を体験することが、火山のすごさを感じる大きなきっかけとなることが多いようだ。

感想

  • 火山を実際に見て、火山のすごさに惹かれるようになった著者の感動が随所から伝わってきた。

  • 実際に火山に出かけていって火山を体験することの大切さを強調していた。

  • 温泉にでかけたときには、温泉を生み出した火山のダイナミクスにも思いを馳せてみようと思った。

おすすめの読者

  • 火山について、概観したい人。

  • 本書の中で取り上げられている火山(阿蘇山・富士山・雲仙普賢岳・有珠山・三宅島)に、実際にでかけたことがある人。

  • 火山に興味があるが、日本の中でどの火山に出かけていけばいいのか?迷っている人にとってはガイドになると思う。

まとめ

  • 日本の数個の火山を具体的にとりあげ、それらの火山研究と「すごさ」を実体験を交えて語る本。

  • 防災・噴火予知についても積極的に取り上げて説明している。

火山はすごい 日本列島の自然学 (PHP新書)

火山はすごい 日本列島の自然学 (PHP新書)

  • 作者:鎌田浩毅
  • 発売日: 2011/07/01
  • メディア: Kindle版

読書記録:ことばの力学(白井恭弘 著)

白井氏の前著 「外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か」

を読んで、わかりやすかったので同じ著者の本書も買って読んでみた。

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著者の研究分野は、応用言語学というらしい。 アメリカの大学で十五年教えている。

本書は2013年に出版された。原発事故に関わる報道についても、著者の考察が書かれている。

ことばの力学とは

力学というのは物理用語のように思われるかもしれないが、本書では

複数の言語が関わる状況では、優劣を生み出す無意識の力学が働く。

「英語」対「現地語」や、「標準語」対「方言」の対立が生まれる状況を論じている。

前著と同じように、平易な語りで書かれている。

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アメリカの方言

著者はアメリカで研究をしているので、アメリカ英語に関する記述が随所にある。

たとえば、ピッツバーグには、Pittsburghese という方言があるという。

AAE

AAEとは、African-American English の略で、

アメリカのアフリカ系アメリカ人(黒人)が話す英語の変種

である。

この変種は、実は、標準英語とはかなり異なり、特に文法が大きく異なっているのですが、標準英語の話者は、語彙が共通する部分が多いので、たんなる英語の方言だと思っているのがふつうです。

しかし、AAEが英語の方言かどうかについては論争がある。

標準語イデオロギーはアメリカでは非常に高く、日本でもそれほど強くはないかもしれませんが厳然と存在しています。

ニューヨーク方言・ボストン方言

第8章「法と言語」では、

無実の容疑者を救った言語学者ラボフ

として、アメリカ英語の方言研究者ウィリアム・ラボフ氏を取り上げている。

私たち日本人からすると同じに聞こえる「アメリカ英語」も、地域によって相当の差があり、特に母音体型は大きく異なります。

ラボフは無実の容疑者を救おうと・・・裁判で証言しました。・・・特にニューヨーク英語とボストン英語の母音体系の違いを明らかにして、見事に無罪判決を勝ち取ったのです。

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本書によると、方言を正確に真似することは難しく、「なまり」の解析結果が犯罪事件の捜査で証拠として認められるほどだという。

事件の捜査にも、方言研究の成果が使われているのは興味深いと思った。

イングリッシュオンリー運動

アメリカでは英語が広く使われているが、実は国レベルで英語が公用語として定められているわけではない。

近年では、移民のためアメリカはいろいろな言語が使われる多言語国家といえる状況になっているという。

これに危機感を感じた人々が

英語をアメリカの公用語にするための運動

を始めている。

これをイングリッシュオンリー運動とよび、移民の文化保存の観点からバイリンガル教育を推進する勢力と対抗関係にあるという。

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外国語習得法

外国語を習得したい人は、本書第四章「外国語教育」の章を読むとためになると思う。

第二言語習得習得研究が出した答えは、「インプットを聞いて意味を理解すること」です。つまりどんどん流れてくる音を意味に結びつけるというプロセスが、言語習得の本質なのです。

言語習得は、著者の前著「外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か」のメインテーマとなっているので、気になる人はこちらもチェックしてほしい。

メディアと応用言語学

第七章「無意識への働きかけ」では、「政治・メディアのことば」がとりあげられている。

・2011年に起きた原発事故を受けて使われるようになった「除染」という言葉について、言語学の「プライミング」と呼ばれる効果と関連づけて説明していたりする。

感想

  • 方言と標準語の対立関係、外国語習得の方法など本書の記述を、自分の体験と比べながら読むことができて楽しかった。

  • 原発事故でのメディアの言葉の使い方を、応用言語学の視点から考察するという視点はユニークであろうと思った。

まとめ

  • 外国語習得について、教育・政策・手話・メディアなど、応用面から論じた本。

  • アメリカでの、英語政策をめぐる状況について詳しい。

  • バイリンガルに関係する問題を数多く取り扱っている。

読書記録:重力とは何か(大栗博司 著)

著者は大栗氏。素粒子理論の研究者。本書は2012年に書かれた。

引用

私は毎日、重力のことを考えています。

ということで、著者が重力について研究してきた結果を一般向けにまとめたのが本書である。

それ(重力)について何十年も考え続けている私は、世間から見ると、かなりの変わり者に思われるかもしれません。 ・・・たとえば子どもの学校の保護者会に顔を出したときなど、初対面の相手に「どんなお仕事を?」と聞かれて「重力の研究をしています」と答えると、まず話が続かない。「重力についてはかねがね不思議に思っていました」などと言われれば話したいことはいくらでもあるのですが、たいていはポカンとされておしまいです。

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しかし著者にとって、重力について考えることは楽しく、また分からないことも沢山ある魅力的な活動である。そこで、

重力研究はおもしろいし、その意義を広く伝えたいとも思うのです。

と考えた著者は、本書を執筆するに至った。

本書の内容

現在、重力研究はニュートンとアインシュタインの時代に次ぐ「第三の黄金時代」を迎えようとしています。

本書では第一章で「重力の七不思議」として、重力のどういった面が謎に満ちているのかが説明される。

重力の何が不思議なのか?気になった人はぜひ本書を読んでほしい。

ホーキングの2大業績

車椅子の天才物理学者として有名な、ホーキング氏による 「ビッグバンの証明」「ブラックホールの情報問題の指摘」という業績について説明される。

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1960年代、ロジャー・ペンローズ氏が、

どんなに形の不規則な星でも、ブラックホールになれば特異点は避けられません。

という定理を証明したことに刺激を受け、ペンローズ氏とホーキング氏は共同で研究をした。

その結果、

宇宙が一様・等方だという特殊な仮定をしなくても、一般的に特異点は避けられない。アインシュタイン理論は、必ず破綻してしまうのです。

という結果を得た。

「ブラックホールの情報問題」については、ホーキング氏は重力と量子力学を使って次のような問題点を指摘した。

ブラックホールに投げ入れられたものの情報は完全に失われてしまいます。ホーキングの計算によると、ブラックホールからの放射を・・・すべて観測しても・・・(中略)・・・情報を再現することができません。これは因果律に反している・・・

しかし近年、情報問題は超弦理論の「ホログラフィー原理」によって重力が関わらない問題になってしまい、

そしてホーキングは勝者に百科事典を贈った

という形で決着した。

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本書後半では、著者自身が行ってきた超弦理論の「トポロジカルな弦理論」の成果も解説される。

私たちは、三次元空間の素粒子の性質の中に、六次元空間の距離をどうやって測っても変わらない物理量があることを見つけたのです。つまり、距離の測り方を知らなくても、ある量に関しては計算ができるようになります。・・・

これからの重力理論はどうなっていくのか?

著者は本書の最終章で、

・・・本書ではすでに確立した理論をたくさん紹介してきましたが、超弦理論は「これから」の理論です。・・・

と結んでいる。

本書の特徴

  • 科学者の味のある「似顔絵」が書いてある。

  • イラスト・図表は大栗氏本人が書いているようだ。

  • 相対性理論、量子力学、超弦理論の予言、歴史と現状が図解で説明されている。

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感想

  • 難解な素粒子と重力の理論が日常的な言葉を使って平易に説明してあり、感動しました。

  • 超弦理論の六次元の幾何学には、まだまだ技術的に未熟な部分があるという記述が印象に残った。

  • 重力理論はこれからどのように進展していくのだろうか。

  • 著者は幻冬舎新書から他にも何冊か本を出されているので、読んでいきたい。

おすすめの読者

  • 重力と素粒子論の現状に興味がある人。

  • アインシュタイン氏、ホーキング氏、ペンローズ氏といった著名物理学者の業績を数式なしで理解したい人。

まとめ

  • 相対性理論・量子力学・超弦理論と重力の関係が説明してある。

  • 歴史的エピソードと科学の内容がバランス良く織り込まれた本。

読書記録:ブロックチェーン ブルーバックス(岡嶋 裕史著)

2018年12月に書かれた本。

著者の岡嶋氏は、ITやサイバーセキュリティ関係の本を多数出版している。

「ブロックチェーン」とは、「ビットコイン」をはじめとする暗号資産を裏で支える技術的仕組みのことである。

近年では、ビットコインを下敷きにした多数の暗号通貨が発行されるなど、ブロックチェーン技術には幅広い応用が試みられている。

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本書の内容

暗号資産は安全なのか、危険なのか?・・・本書は、こうした疑問に答えるために、ブロックチェーンがどう設計され、ブロックチェーンがどう設計され、どう駆動しているのかを理解しているのかを理解することを目的としている。

ビットコインでの使われ方を基本として、ブロックチェーンの使われ方を解説している。

「ハッシュ関数」、「公開鍵暗号」「マークルツリー」などを、windowsのコマンドプロンプトを使って解説している。

例えば、「ブロックチェーン」と、「分散型データベース」「winny」とのしくみの違いが次のように解説される。

分散型データベースについては、

「データは各サーバが分散して持っているものの、データの台帳はプライマリサーバが持っている」ということを意味する。・・・ブロックチェーンでは、個々のデータが台帳情報を持っているのだ。ここは決定的な違いである。

winnyについては、

winnyの場合は、各PCは台帳を持つものの、データは完全にばらばらだった。・・・これがブロックチェーンになると、すべてのPCにすべてのデータが配布される。

したがって、winnyで人気コンテンツであった「動画ファイル」などは、ブロックチェーンを使って配布するのは難しいだろうと著者が指摘する。等。

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取り上げられている著名な事件

  • 2014年に起きたマウントゴックス事件。

 85万BTC、500億円が不正に盗難された。

 当時のマウントゴックス社長、マルク・カルプレス氏はこの事件を振り返って書籍を出版している。  inu123.hatenablog.com

  • 2018年1月のコインチェック事件(NEM)も取り上げられている。

ブロックチェーン技術の課題

第五章では、現在のブロックチェーン技術への批判的な観点で検討している。

現在のブロックチェーン技術には、次のような問題点がある。

  • マイニングの電力の無駄。

  • システム更新の合意をとることの難しさ。

  • マイニングの動機づけ(インセンティブ)設計。

などなどが、現状の課題であるとして取り上げられている。

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ブロックチェーンは、コストメリットがあるが、しかし、

「すべてのシステムがブロックチェーンに置き換わっていく」といった言説は、多分に夢想的である。

本書で取り上げられていない内容

  • ライトニングネットワーク、スマートコントラクト、匿名化コイン、分散型金融等のトピックには触れられていない。

  • 近年存在感を増してきているイーサリアムについては、「プルーフ・オブ・ステーク」に関する説明が少しある。

  • 全体として、ビットコインの仕組みに的を絞った解説本だといえる。

ブロックチェーンの未来

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  • ブロックチェーンの未来はどうなるか。著者は、次のように予想している。

本書の最後の章のタイトルは、

最初の理念が骨抜きにされると、普及が始まる

である。著者のブロックチェーンの将来に対する見方が表れていると考えられる。

インターネット黎明・普及期について、著者は次のように述べる。

今の状況は大きな既視感を持って捉えることができる。90年代のインターネットである。インターネットも熱狂をもって迎えられた。特定少数の選良だけでなく、誰もが情報を発信する側に回れる、至る所で議論が起きて、直接民主制すら実現するかもしれない。・・・インターネットにも、すべての社会問題を解決するかのような期待がかけられた時期があった。やがてそれが、・・・多くの人々を失望させた時期へと移った。それでも・・・(インターネットは)社会のインフラになった。もはや、インターネットは代替のきかないインフラであり、人類が作った最大のシステムの1つである。

ブロックチェーン技術も、かつてのインターネットと同じように、

ブロックチェーンが社会に浸透するにつれて、このように「初期の理想」とは違う方向へ技術が書き換えられ、運用の方法に変更が加えられていくだろう。

という道をたどると考えているという。

おすすめの読者

  • 本書はブルーバックスであり科学本なので、ビットコインの「技術的な」方面の解説をしている。例えば、ビットコインのトランザクションの構造が解説されている。

  • したがって取引所の利用の仕方とかは解説していないので、(コンピュータ的な仕組みには興味がないけれど、コインをお金を出して買うべきなのか?買わないべきなのか?)を考えている人には本書は向かないであろう。

  • コンピューターの他の分野でも使うような「ハッシュ関数」や「公開鍵暗号」の説明が大きな部分を占めているので、その辺りの知識を学びたい人におすすめ。

まとめ

  • ビットコインの裏側で動いているブロックチェーンという技術のしくみをわかりやすく解説した本。

  • 取引所や相場等、ビットコイン売買で儲ける方法を記述した本ではない。

  • 出版年2018年当時の情報に基づいている。

読書記録:フェルマーの最終定理(サイモン・シン 著)

フェルマーの最終定理(新潮文庫)

フェルマーの最終定理(新潮文庫)

著者について

著者は、サイモン・シン氏。 元は英国で出版された本であり、2000年頃に日本語に翻訳された。 文庫版が出たのは2006年となっている。

フェルマーの最終定理とは

フェルマーの最終定理とは、中学校の数学で学ぶ「ピュタゴラスの定理」を拡張したものである。

ピュタゴラスの方程式の指数2を、それより大きな数字に変えただけで、整数解を求めるという比較的簡単だった作業が、想像を絶するほど困難なものに変わってしまったのだ。それどころか一七世紀の偉大なフランス人ピエール・ド・フェルマーは、誰にも解が見つけられないのは解が存在しないからだという驚くべき主張をしたのだった。

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とりあげられている科学者

本書では多くの数学者が取り上げられている。

  • 問題を書き残したフェルマー氏

  • 問題を解決したワイルズ氏

は当然として、

  • ピュタゴラス
  • フェルマーと親交があったメルセンヌ神父。
  • ソフィー・ジェルマン
  • パウル・ヴォルフスケール
  • ガロア
  • ラッセル
  • ゲーデル
  • チューリング
  • 谷山豊
  • 志村五郎
  • ジョン・コーツ
  • ゲルハルト・フライ
  • ケン・リベット
  • ニック・カッツ

など、数多くの人物が登場している。

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整数論にかかわる内容だけでなく、 ピュタゴラスの音楽に関する研究、フェルマーの確率論に関する研究など、フェルマーの定理自体と深い関係がなくても幅広く数学・数学にかかわる人物を取り上げている。

本書の内容

ワイルズ氏は一度自分が発表した証明に誤りを見つけた。

一年後、証明の改良にチャレンジして見事にフェルマーの最終定理の証明を完成させる。

その流れが多くのEメールのやりとりを引用しながら、緊迫感をもって描写される。

  • パズルの問題や、オイラーの解いた問題など、数論とは直接関係ない数学の問題もたくさん書いてある。

印象に残った部分

志村五郎氏が学生時代を振り返って語る言葉。

志村五郎氏は、戦時中に工場で飛行機部品の組み立てをしながら夜に勉強をしたという。 そんな中、なぜ数学を専攻科目に選んだのかという部分が印象に残った。

もちろん勉強すべき科目はたくさんありましたが、数学がいちばん簡単だったのです。数学ならば教科書を読むだけですみますからね。微積分も本で学びました。化学や物理学をやろうとすれば実験設備が必要だったでしょうが、そんなものは身近にはありませんでした。自分に数学の才能があると思ったことはありません。ただ好奇心が強かっただけなのです

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感想

  • 電子書籍で600ページぐらいあり、文章の量が多い。

  • 著者は、数学にかかわった人々の人生(特に生死に関係する出来事)を積極的に描こうとしているように思った。

  • フェルマーは趣味として数学を楽しんでいたが、自分の発見を記録として世間に残そうと思わなかったというのがおもしろかった。

フェルマー自身は「フェルマーの最終定理」を出版する気がなく、フェルマーの息子のクレマン・サミュエル氏が5年間をかけて父親の研究メモを整理し、出版した。

  • 書物が時代を超えて残るには、いろいろな偶然が重なっているものだ。

  • フェルマーの最終定理はたまたま運良く世に知られるようになったが、知られずに埋もれていった新発見もたくさんあったことだろう。と思った。

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おすすめの読者

  • フェルマーの最終定理にかかわった、たくさんの数学者の伝記や人生に興味がある人。

  • 数学的な説明が突っ込んでしてあるわけではないので、数学自体を勉強したい人にはそれほど向いてない本ではあろう。と思う。

まとめ

  • フェルマーの最終定理の発見と証明にかかわった数学者たちを取り上げた本。

  • 数論に限らず、いろいろな数学者の伝記が書いてある。

  • 古代ギリシアから現代までの数論的知識が、偶然に助けられつつ現代まで受け継がれ発展してきたようすに感動しました。